設計事務所の経営にはマーケティング観点も必要であり、今後の経営課題としてニューノーマル時代への対応、建設技術者や労働者不足への対応、BIMやAIへの対応、などへの取組みが必要です。変化する時代にアジャストするための設計事務所の経営戦略を具体的に解説します。
設計事務所の経営とは?
設計事務所の仕事は、その専門知識と技術力で施主に代わって建築的な問題を解決することです。具体的な業務としては、次のことが挙げられます。
- 企画設計
- 基本設計
- 実施設計
- 申請
- コスト管理
- 工事監理
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これらの仕事を受注しないことには、その技術も生かされません。安定した受注には、設計事務所の経営にもマーケティングの観点も必要でしょう。
設計事務所が目まぐるしく変化する時代にアジャストするための経営戦略をいくつかご紹介します。
設計事務所が今後対応して行くべき経営課題
設計事務所の経営には、建設業界を取り巻く社会環境の変化に敏感でなくてはなりません。
近年の大きな変化について説明します。
ニューノーマルな時代への対応
2020年から新型コロナウイルス感染症が世界中へ拡大したことにより、感染リスクを低減するため人との接触機会を減らすことやソーシャルディスタンスを保つことなど、生活様式が大きく変容しました。これを「ニューノーマル」な時代へと変化したと見る向きもあります。
企業での勤務もテレワークが推奨されたうえに会議や研修もオンライン化へ移行し、たった2年でそれが当然のこととして受け入れられるようになるなど、仕事に対する意識も大きく変わっています。
リモートでも従業員のモチベーションをマネジメントしつつ、社内ガバナンスを統治するための方策も必要です。
また、受注や販促においてもリモート営業(オンライン商談)への移行が進んでおり、リアルな対面で無いからこそのコミュニケーションスキル、セキュリティスキルが求められるようになっています。
建設技術者、労働者不足への対応
厚生労働省の調べによると、2023年2月の「建築・土木・測量技術者」有効求人倍率は6.01倍にもなり、極端な技術者不足の傾向が続いています。
また、建設業界では移行期間を経て2024年から働き方改革関連法が正式に適用されます。完全週休二日制や残業時間の抑制、年次有給休暇の確実な取得など、労働環境の整備がさらに進むことになり、人員構成を可能な限り維持しつつ、業務の生産性をより高めていく努力が求められるようになるでしょう。
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少子高齢化への対応
少子高齢化もますます進んでおり、設計事務所においては有資格技術者である建築士の大量引退の時代を迎えます。
国土交通省の調査では、建築士事務所に所属している建築士は50代以上が全体の60%を占めるとされています。そのため、現在30〜40代の建築士は、今後ますます重宝されるようになるでしょう。
また人口減に伴い、建築の需要も減少することは避けられません。分かりやすい指標としては、住宅着工棟数の減少があります。政府統計によると2021年の住宅着工棟数は85万戸で、これは2000年の70%、1990年の50%にあたります。たった30年で半減していることに、建設業界は大きな危機感を持つべきです。
BIMやAIへの対応
三次元設計である「BIM」への対応も避けて通れません。公共工事においてはBIMが推進されており、入札の条件としてBIMを使用した設計が求められる案件も増えています。
そのため、BIMに対応したPCやソフトウェアへの多額の投資が必要となっていくことが予想されています。
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急速に進化している「設計AI」への対応も、ごく近い将来に必須になることでしょう。AIは過去の膨大な建築事例を参照しつつ、その立地や周辺環境に対応する最適解を見付けて設計をある程度自動化することが期待されています。
カーボンニュートラル達成に向けた省エネ設計への対応
政府は2050年に二酸化炭素(CO2)に代表される温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」目標を掲げています。
その目標達成に向けて、建築物の断熱性能の強化や高効率設備の導入などの省エネルギー分野で、設計事務所の対応が今後さらに必要になっていくことでしょう。
また、太陽光発電システムなどの設置により再生可能エネルギーを利用しつつ、高効率設備の導入や断熱性能の強化により省エネルギー化するZEH(ゼッチ:ネット・ゼロエネルギー・ハウス)、ZEB(ゼブ:ネット・ゼロエネルギー・ビルディング)も政府によって推進されており、設計事務所には技術的な対応が求められています。
設計事務所の経営を成功に導く3つの戦略
急速な社会環境の変化を踏まえつつ、設計事務所がこれからの時代に適応し、経営を成功に導いていくためのヒントとなる3つの戦略について説明します。
これからの設計事務所の経営戦略①発注者に徹底して寄り添う
設計者はこれまでのように、専門的な知識を持った「先生」のままではいられません。
SNSを活用した集合知やAIを利用した問題解決手法の普及により、一般の人でも技術的な解決策を知り得る時代です。
設計事務所の業務としては、計画の初期の段階から発注者に徹底して寄り添い、企画のアドバイスや発注者の立場に立ったコスト管理など、コンサルティング的な業務の割合が増えていくことが予想されます。
発注者に寄り添い、企画から完工までのプロジェクトの全体の流れを見据えて成功に導く「コンストラクションマネジメント」としての役割が求められて行くことでしょう。
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これからの設計事務所の経営戦略②事務所のブランディング
選択肢がさらに増えていく時代において、「待ち」の営業が通用するのはごく一部の設計事務所だけです。
設計事務所自らが情報を発信し、発注者との接点を持つ努力をすることが必須となっていきます。問題を解決し信頼して依頼できるという企業イメージを確立し、ブランディングを行う努力を継続しましょう。
そのための具体的な方策としては、下記のようなものが挙げられます。
- 自社Webサイトの運用
- SNSの活用
- オウンドメディアの運営
- ZoomウェビナーやYouTubeなどの動画サイトでのセミナーの開催
- 発注者とのマッチングサイトへの登録
これからの設計事務所の経営戦略③意匠設計と設備設計・構造設計の統合
使い勝手や火災時の安全性能などの評価だけでなく、建築物の省エネルギー性能や耐震性能を評価する手法が近年確立しつつあります。
今後は、いわゆる『省エネ適判の義務化』と『四号特例の廃止』という二つの大きな変化が予定されており、設備設計と構造設計の技術者に対する需要が急増することが予想されています。
従来は意匠設計事務所の下請け扱いとされることが多かった構造設計・設備設計の分野でしたが、その重要性が増しており、意匠設計〜構造設計〜設備設計のワンストップ対応が求められるようになるでしょう。
技術者不足の現状においては、自社で対応できる人材を育成し内製化することが確実な方法と言えます。
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生き残る設計事務所は時代に柔軟に対応する事務所
ここまで、設計事務所の経営について社会情勢の変化と絡めながら、経営の安定のために目指すべき方向性について解説してきました。
これからの時代に対応し生き残っていく設計事務所は、時代に柔軟に対応できる設計事務所です。変化を恐れずに、新たな知識の習得や新規分野への挑戦を継続して行きましょう。