建築業界ではAIを活用する動きが活発になっており、技術者不足への解決策となる大きな可能性を秘めています。この記事では、AIを活用した品質向上や労働時間短縮の取り組みを、設計・施工・維持管理の各方面から具体的な事例を挙げて解説します。
建築業界のAI活用の動向
現在さまざまな分野でAIの導入が試みられており、私たちの生活にもAIが身近になってきています。建築業界においても、AIを活用して業務を効率化し生産性を向上しようとする動きが活発です。
建築業界を取り巻く問題点
建築業界が抱えている問題のひとつに「人手不足」があります。これは、少子高齢化によって専門技術者の大量引退と新規就労者・資格取得者の減少が同時に起こっていることが原因です。
厚生労働省の統計調査によると、令和5年3月の「建築・土木・測量技術者」の有効求人倍率は6.55倍となっており、他の業界と比較して突出して高くなっています。人手不足は、今後も継続するどころかさらに悪化する可能性が高いでしょう。
この人手不足に対応して行くためには、より少ない人数で多くの業務をこなし利益を確保するという「労働生産性の向上」が必須になります。
その解決策として期待されているのが、AIの導入による業務の効率化です。
国土交通省の取り組み
国土交通省では「i-Construction」を提唱し、建設業の生産性を2025年度までに2割向上することを目指しています。
i-Constructionでは、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの全ての建設生産プロセスでICT等を活用する取り組みが推進されており、AIの導入はICT化を促進する重要な技術と位置付けられています。
建設業DXの推進
建設業における「DX」とは、デジタル技術を導入して業務の効率化や人材不足などの課題を解決する取り組みのことです。
「建設DX」の例としてICT機器の導入や設計のBIM化、AIの活用などが積極的に研究されています。
建設DXの代表的な例
ICT技術の導入 | ・ドローン等を用いた3次元測量、3次元データ設計図の自動作成 |
・ICT建機による省人施工 | |
・3次元データをパソコンで確認することによる検査日数・書類の削減 | |
設計のBIM化 ※ | ・BIMによりコンピューター上で3Dの建築モデルを作成 |
・「企画・設計・施工・建築・維持管理」に関する情報を多数で共有 | |
・BIMで作成したバーチャル建物を「デジタルツイン」として施工管理のみならず、引き渡し後のファシリティマネジメントにも活用 | |
AIの活用 | ・過去の事例データベースから、要求される建築条件に合致する仕様やデザイン・建物構造を自動生成 |
・プロジェクトの計画工程と実施工程の差異を管理し、諸条件と組み合わせた最短工程を作成 | |
・現場条件や工程から仮設計画を自動作成 |
関連記事:BIMとは?導入のメリット・デメリットや3D CADとの違いを解説
建設業を取り巻く課題とDXの導入事例についてはこちらの記事でも詳しく解説しています。
関連記事:建設業DXで生産性を向上しよう!建設業DXの取り組み事例についても紹介します
AIを使った建築活用例①建築設計
AIを利用した設計支援について、先端的な取り組みをご紹介します。
AIによる設計業務支援
大成建設では、AIを活用した設計支援システム「AI設計部長」の開発に着手しています。
これは経験豊富な設計者の属人的なデータを集約化し、設計品質の維持・向上および生産性向上の実現を目指すものです。このAI設計システムにより、下記のような設計の実務上の支援が可能になります。
- 建築設計…基本設計・実施設計完了前のAI図面チェック
- 構造設計…初期段階の構造設計方針をAIにより決定し、手戻りなくかつスピードアップさせる
- 設備設計…建築図から自動で室名抽出と面積算出を行い、部屋ごとの諸元表自動作成と仕様選定のアドバイス機能
参照:大成建設HP AIを活用した設計支援システム「AI設計部長」の開発に着手
AIによるデザイン提案
大林組では、スケッチや3Dモデルからさまざまなファサード(外観)デザインを提案できるAI技術「AiCorb(アイコルブ)」を開発しています。
このAIシステムでは異なるファサードデザインを瞬時に何個でも生成できるため、これまで多くの時間を費やす必要があった、顧客の要望を聞き取りイメージをすりあわせるための時間と手間を大幅に削減できると期待されています。
さらに設計用プラットフォーム「Hypar」と連携することで、生成されたファサードデザインをもとに3Dモデルを作成できます。これは、スケッチから生成されたデザイン案を入力するだけで、ファサードデザインとボリュームデザインを兼ね備えた3Dモデルをすぐに顧客に提示できるという画期的なAI設計支援システムです。
参照:大林組HP 建築設計の初期段階の作業を効率化する「AiCorb®」を開発
AIを使った建築活用例②建築施工
AIによる現場管理業務の支援や、AIを搭載し自律移動する施工ロボットの導入は、建築現場を劇的に変えるインパクトを持っています。
ここではAIを活用した施工現場の省人化への取り組みをご紹介します。
AIによる施工計画の提案
鹿島建設ではBIMにAIを連動させるシステムを三菱総合研究所とともに開発中です。これは、工事現場のクレーン配置などの仮設計画や工程計画を過去の膨大な実例をAIに機械学習させ、BIMデータと連携することによって最適化を図るものです。
このシステムが導入されると、現場管理者はAIが提示した複数の施工計画をもとに最適なものを選択できるようになります。
通常、施工計画の作成には1週間以上掛かりますがAIを利用すればものの数分で済む可能性があり、人材不足の建築技術者に掛かる業務負担を大幅に軽減できる可能性があります。
参照:日刊工業新聞 鹿島、AIと人間の知見融合 建築工事に自動ツール導入
AI技術を搭載した建築現場ロボットの開発
鹿島建設では、建築現場用ロボット向けにAI技術を搭載した自律移動システムを開発しました。その実用化第一弾として、AI清掃ロボット「raccoon(ラクーン)」を首都圏の現場に導入を開始しています。
このロボットは、人による事前設定がなくてもリアルタイムに自己位置や周辺環境を自ら認識し、日々刻々と状況が変化する現場内を安全かつ確実に移動できます。
今後は監督の代わりに現場を巡回点検することや、建築資材の搬送などを担う各種ロボットに自律移動システムを実装することで、建築現場へのロボット導入をさらに促進していく計画です。
参照:鹿島建設HP 建築現場用ロボット向けにAI技術を搭載した自律移動システムを開発
AIの導入事例③建築物の維持管理
設計や施工だけでなく、引き渡し後の建物の維持管理にもAIを活用する動きがあります。
建築物のライフサイクルマネジメントの必要性が叫ばれるなか、AIを活用したファシリティマネジメントが期待されています。
AIによるファシリティ・マネジメント
日本設計では、引き渡し後の不動産の維持管理や改修計画を立案するファシリティマネジメントにAIを導入しています。
建物の設計にオートデスク社のBIMソフト「Revit」を導入しており、BIMデータに埋め込まれた性能や仕様の情報を、建物のライフサイクルで発生する維持管理や改修といった業務に再活用することが可能です。
さらに、建物の修繕や改修工事の実績により蓄積された維持管理のビッグデータデータをAIに機械学習させることによって、ファシリティマネジメントの自動提案などの業務の効率化と、その分野での新たなビジネスチャンスの拡大に利用しています。
参照:建設ITワールド BIMモデルはクラウドに!日本設計が実践的なBIM-FMシステムを開発
AIによる劣化調査
竹中工務店では、ドローン撮影の赤外線画像からAIが高層建物等の外壁タイルの浮きを自動判定するシステム「スマートタイルセイバー」を開発し実用化しています。
これは、ドローン撮影で取得した高層建築物などの外壁の赤外線画像をもとに、AIがタイルの浮きを一枚ごとに自動判定し熱分布データとして抽出し、どの個所のタイルに浮きが発生しているかを画像で明示するシステムです。
人の感覚によらない高精度・高品質な調査を可能にしつつ省人化および調査期間の短縮を実現できる画期的な技術といえます。
さらに、これまで課題とされていた足場の設置などにかかるコストを削減できるうえ、人が高所で行う作業が不要になるため安全に調査を実行できることも大きなメリットです。
AIは建築技術者の仕事を奪う?
建築の設計や現場管理の分野は、多くの経験が必要とされ属人性が非常に高い分野です。そこにAIが進出することに脅威を覚える技術者もいることでしょう。
AIの本質は過去の実績に基づくビッグデータの活用にあるためあり、たしかに同じ案件を精度よく繰り返していくことに関して、人間はAIの能力に及びません。
しかし、同じ場所、同じ気象条件、同じ周辺環境の建物はひとつとして存在しないのが建築工事の特徴です。無数にある選択肢の中から顧客と共に最適な解決策を考えるという建築技術者の仕事が、いますぐAIによって完全に代替されることは考えにくいでしょう。
このため現段階では、業務精度の向上と建築技術者の作業時間の短縮、労働生産性の向上に役立つというのが、AIに当面期待される役割といえます。
AIの導入は技術者不足を解消し生産性を向上する切り札です
ここまで見てきたように、AIの導入は建築業界の技術者不足を解消し、労働生産を大幅に向上させる可能性があります。AIを賢く活用して、業界全体の業務効率化を図っていきましょう。