建設工事の請負契約では、トラブルを避けるために詳細な「工事請負契約約款」を作成するのが一般的です。本記事では工事請負契約約款と契約書の違いをはじめ、各団体が公開しているひな形や、ひな形を元に約款を作成する場合の注意点について解説します。
工事請負契約約款とは
「工事請負契約約款」とは、建設工事の請負契約に関する重要書類です。まずは工事請負契約約款の概要から確認していきましょう。
請負契約書を補う書類
建設業法では、請負工事を契約する際に書面(契約書類)の作成を義務づけています。
建設業法第19条 ※冒頭部分のみ 建設工事の請負契約の当事者は、前条の趣旨に従って、契約の締結に際して次に掲げる事項を書面に記載し、署名又は記名押印をして相互に交付しなければならない。 |
この書面は「請負契約書」を指しますが、多くの建設工事では請負契約書を補う書類として、工事請負契約約款が作成されています。
記載内容は法律で指定
契約書類(請負契約書や工事請負契約約款)の内容はさまざまです。ただし法律(建設業法第19条)によると、少なくとも以下の16項目は必ず記載する必要があります。
①工事内容(工事名や工事を行う場所など)
②請負代金の額
③工事着手の時期と工事完成の時期
④工事を施工しない日や時間帯
⑤請負代金を前金払いする場合の支払時期と方法
⑥工期を延期・中止する場合の工期変更や損賠賠償
⑦災害や不可抗力による場合の工期変更や損賠賠償
⑧価格の変更に基づく請負代金や工事内容の変更
⑨工事により第三者が損賠を受けが場合の損害賠償
⑩注文者が資材や機械を貸与する場合の内容と方法
⑪注文者による検査の時期と方法、引渡しの時期
⑫工事完成後の請負代金の支払い時期と方法
⑬工事内容についての責任と保証、その他の措置
⑭債務不履行の場合の延滞利息、違約金、損害員
⑮契約に関する紛争の解決方法
⑯その他国土交通省令で定める事項
工事請負契約約款の役割
上で説明した通り、多くの建設工事では工事請負契約約款が作成されます。ここではその理由について、請負契約書との関係を含めて説明します。
請負契約書との関係
冒頭で、工事請負契約約款は「請負契約書を補う書類」と説明しました。もう少し具体的に説明すると、請負契約書と工事請負契約約款それぞれの役割は次の通りです。
- 請負契約書…発注者が発注・請負人が受注し、約款に基づいて工事を行う旨を明記する
- 工事請負契約約款…工事の具体要件、当事者の権利・義務・責任などについて規定する
作成の目的
建築業法では契約書類の作成が義務づけられていますが、必ずしも工事請負契約約款の作成そのものが義務づけられているわけではありません。前述した16項目が含まれているなら、請負契約書のみでも契約は有効に成立します。
それでも多くの建設工事で工事請負契約約款が作成されるのは、以下の目的のためです。
- 契約内容の解釈の違いによるトラブルを避ける
- トラブル発生時にスムーズな解決を可能にする
- 契約当事者の一方が極端に有利にならないようバランスを取る
工事請負契約約款は、建設業者が発注者とのトラブルを避け、スムーズに工事をするために欠かせない書類といえるでしょう。
工事請負契約約款のひな形について
工事請負契約約款には工事の詳細を記載するため、作成には大きな負担がかかります。少しでも負担を減らしつつ、ヌケモレのない工事請負契約約款をつくるうえで役立つのが「ひな形」です。
中央建設業審議会のひな形(工事標準請負契約約款)
工事請負契約約款のひな形にはいくつかの種類がありますが、もっとも一般的に使われているのが中央建設業審議会(中建審)の「工事標準請負契約約款」です。
中建審は、建設業に関する中立的な組織として国により設置されます。その役割は以下の4項目について審議することです。
①経営事項審査の項目と基準について
②建設工事の標準請負契約約款について
③工期に関する基準について
④公共工事の入札・契約に関する「適正化指針」について
特に②に関連して、中建審では次の4種類の工事標準請負契約約款(ひな形)を公表しています。
- 公共工事標準請負契約約款
- 民間建設工事標準請負契約約款(甲)
- 民間建設工事標準請負契約約款(乙)
- 建設工事標準下請契約約款
リンク:建設産業・不動産業:建設工事標準請負契約約款について – 国土交通省
民間(七会)連合協定工事請負契約約款委員会のひな形
民間の工事請負契約で、年間15万件も利用されているのが「民間(七会)連合協定工事請負契約約款委員会(以下、委員会)」のひな形です。
委員会は「一般社団法人 日本建築学会」など建築業界・建設業界の7団体で構成され、長年にわたり請負契約約款の作成と改定を繰り返してきました。現在利用できるのは、以下の4つのひな形です。
- 工事請負契約約款
- 小規模建築物・設計施工一括用工事請負契約約款
- リフォーム工事請負契約約款
- マンション修繕工事請負契約約款
なおこれらのひな形は、委員会を構成する団体の事務局や建築会館、公共建築協会などの窓口で入手(購入)できます。インターネットからのダウンロードはできないため注意してください。
工事請負契約約款の作成方法と注意点
中建審のひな形には基本的な事項がすべて含まれており、これをベースにすれば工事請負契約約款を簡単に作成できます。
とはいえ建設工事には、ひとつとして同じ条件のものはありません。このためひな形をそのまま使うのではなく、工事の実態に応じて細かなカスタマイズが欠かせません。
ここでは特に注意すべきポイントをいくつか紹介します。
建設業者の立場でチェックする
一般に入手できるひな形、特に中建審の工事標準請負契約約款は、発注者側にとって有利な内容です。このため、ひな形をそのまま使うと、建設業者が一方的に負担を負ってしまう可能性もあります。
ひな形の内容が双方にとって納得できるものになるよう、以下の項目で紹介する内容についてチェックし、よく話し合いましょう。
違約金の内容を見直す
見直しが必要な項目のひとつは「違約金」です。工事標準請負契約約款に記載されている違約金の割合(14.6%)が妥当か、またどのようなケースで違約金が発生するのか、きちんと見直すようにしてください。
工期の延長条件を明確にする
工事はさまざまな原因で遅延します。工事標準請負契約約款では「不可抗力」や「正当な理由」によって遅延する場合は工期の延長を求められるとしていますが、トラブルを避けるため、不可抗力や正当な理由の「具体的な内容」についてあらかじめ決めておきましょう。
追加工事の条件を明確にする
何らかの事情で追加工事が発生することもあります。工事標準請負契約約款によると、追加工事によって発生する工事代金の請求には発注者の承諾が必要です。トラブルを避けるためにも、承諾を得られる(追加工事の代金を請求できる)条件を決めておくべきでしょう。
クレーム対応の条件を明確にする
工事標準請負契約約款によると、工事中に発生した近隣からのクレームに対応するのは建設業者の責任です。またクレーム対応にかかった費用は建設業者が負担し、工期の延長も認められません。このような一方的な条件を見直すことも、トラブルを避けるうえで必要です。
工事請負契約約款を正しく作成してトラブルを未然に防ぎましょう
工事請負契約約款を作成する目的は、契約内容をめぐるトラブルを防止し、万一トラブルが発生してもスムーズに問題を解決することです。ひな形を上手に活用して工事請負契約約款を正しくつくり、発注者と建設業者の双方が納得できる請負工事を目指しましょう。